“まさゆめ”とは

“──中学生の頃、突如、街の上空にまるで月のように人間の顔が"ぽっ"と浮かんでいる夢を見た。代わり映えのない日常の中で、ある日偶然見てしまったこの夢がなぜかとても大切な気がして、ずっと忘れられなかった。”

4年に1度の人類最大規模の集いのなか、実在する誰かの巨大な顔が、東京の空に浮かぶ。その圧倒的な風景は、私たちがこの広大な世界に存在しているということの不思議や実感をあらためて問いかけるでしょう。空に浮かぶ顔は、特別な誰かではなく、あなたや私でもあるかもしれません。

Tokyo Tokyo FESTIVAL 企画公募採択事業である“まさゆめ”は、年齢や性別、国籍を問わず世界中からひろく顔を募集し、選ばれた「実在する一人の顔」を2020年夏の東京の空に浮かべるプロジェクトです。
各地の国際芸術祭で独創性と創造性に満ちた作品で話題をさらってきた現代アートチーム目 / [mé]、そのアーティストである荒神明香が中学生のときに見た夢に着想を得ています。実際に顔が浮かぶ日に向けて、多くの人々の体験や記憶に結びつきながら、プロジェクトの意味、本質を共有していきます。

中学生の頃、突如、街の上空にまるで月のように 人間の顔が"ぽっ"と浮かんでいる夢を見ました。
代わり映えのない日常の中で、ある日偶然見てしまったこの夢がなぜかとても大切な気がしてずっと忘れられませんでした。当時の私には想像もできませんでしたが、あの時見た夢が現実に起こされます。
夢で見たということよりも、「まるで誰かの夢を見ているような光景」が現実に2020年の東京に起こるということが、本当に奇跡のように思います。
これから始まるプロジェクト「まさゆめ」は、世界中のどなたでも空に浮かぶ顔の候補者としてエントリーしていただくことができ、そして浮かべるべき顔について議論を交わす「顔会議」など、普段アートの活動に触れる機会のない方でも参加いただける様々なプログラムを計画しています。
ごく普通の中学生が見た取るに足らない夢が、多くの人の体験や記憶と繋がって、私たちがこの広大な世界に存在しているということを確かめ合えるような機会になればと思っています。

アーティスト メッセージ(目 / [mé] 荒神 明香 こうじん はるか) より

私たちはこの世界の中で「個」の存在でありながら、同時に「公」の存在として、ここにいます。日々の生活や行動は、自分の意思がもたらしていると思える反面、ある時ふと、月や太陽、更にその外側の途方もなく膨大な力によって動かされているということに気づくことがあります。競技が繰り広げられるオリンピックの期間は、レコードを打ち出し、偉業を成した特別な個人や国が世界中の観衆にフォーカスされます。各競技には、それらの偉業を公式に認定するためのルールが徹底的に整備されています。しかし、個人や国が参加し、競技を行うこと自体の意味は、どの種目にも用意されてはいません。ただ人が走り、競い、最も特別な人を定め、世界中の観衆がそれを確かめる。全くの他者が全力で駆けるような様子を膨大な数の群衆が見つめる。なぜ私たちはこのことに感動し、ときに涙を流し、そして4年に1度繰り返すのでしょうか。生存戦略としても不合理に思えるこの大規模な集団行動は、本来あったはずの意味や目的を超えて、人類がここに存在しているということ自体を確かめ合うような特殊な集いにも思えます。その行動は、まるで個々の意思と全体が混然一体となって大空に漂う鳥の大群のようで、個々が全体に存在する喜びを分かち合う祝祭のようにも思えます。この作品は、そんな機会に並行して、個人を最も表象する「顔」を、景色という公的な視界の中で確かめようとするものです。その「顔」が特別な人物の顔であっては、その意味を告げる広告と成されてしまい、また、その顔がビルや山と同単位のスケールでなければ、群衆のように景色の中に埋没してしまいます。「まさゆめ」は、決して特別でないあなたや私、他の誰でもあり得た自然な顔を世界中の観衆の視線を受ける2020年東京の都市の空に浮かべ、その景色に対峙させます。月や太陽と同じく、まるで当然のことのように人の顔が浮かぶ景色は、私たちがこうして4年に1度集い、確かめ合うことの真相や不思議にフォーカスし、それらをあらためて問いかける哲学的な光景となるでしょう。
そしてこれは22年前、当時14歳の、ひとりの日本の少女が寝ている間にみた夢の共有でもあるのです。

Tokyo Tokyo FESTIVAL企画公募 提出企画書 より